起業してわかった努力では解決できないこと

世の中にはありとあらゆるビジネスがあるが起業に必要なことは何であろうか。どんなビジネスにも専門的な知識と技術の習得することが成功の第一条件であることは間違いない。

私自身も,大学を卒業して3年間勤めた会社を脱サラし、整骨院で独立開業することを目指した。国家資格を取るための専門学校を含めて,専門的なことを学ぶために8年間下積みをした。1994年、32歳の時に,念願である自分の店を持つことができた。

会社員時代を含めて雇われの身である時は全く気づきもしなかったが、起業して初めてわかったのは、人を雇うということの難しさである。.開業から1年ほど経つと運よく多くの患者さんが来てくれて、何とか店を軌道に乗せることができた。2年目には自転車で10分ほどの距離に2店舗目を開業した。はたから見れば順調に見えたかもしれない。しかし内情は全く違っていた。おかげさまで患者さんが増えて売上も上がっていったが、必要に迫られて雇ったスタッフが次々と辞めていく。辞めていく理由もわからない。

昔から日記をつけているのだが、今読み返してみると、当時は毎日何らかのことで怒り散らしてした。夜は酒を飲んでうっぷんを晴らす。そして睡眠不足で体調を崩すという荒れた毎日を過ごしていた。

特に手を焼いたのは開業当初から雇っていた二人の女性パートさんだった。彼女達はとても献身的に働いてくれたが、二人の間にもライバル心のようなものがあり、一人だけを昇給させると、必ず時給のことで揉めた。何年経っても給与について話し合うことは尽きなかった。また、時給で折り合っても、新たな仕事を頼むとそこでもめることの繰り返し。今、当時を思い出すだけでも気分が悪くなる。

これらの問題点の一番の要因は私自身にある。多少の専門的な知識と技術は持ち合わせていても、人を雇うと言うことに対して無知蒙昧。仕事の教え方や昇給のさじ加減も知らない。もちろん雇用契約も知らなければ就業規則もない。人を雇って仕事をするということに関して、何の準備もしていないまま開業したことが大きな間違いであることに初めて気付いたのだった。

開業して3年目ぐらいの時、大企業から脱サラしてきたインテリっぽい専門学校生がパート・アルバイトで入って来た。しばらくすると彼が「御社の就業規則を見せてください」と言ってきた。そんなものはなかった。(将来のために働く修業の身だろう・・)と妙に腹が立ったが、彼の言うことはまっとうだ。急いで知り合いの社会保険労務士に頼んで一般的な就業規則を作った覚えがある。労働基準法という人を雇うための法律があることすら知らなかった。

ただ、開業してからの数年間、経営について何も勉強していないわけではなかった。一代で大企業を作った経営者や成功者の本は、手当たり次第に読んだ。講演やセミナーにも時間とお金を惜しまずに行った。そして、成功した名経営者の素晴らしい理念や考え方を、マネしてスタッフを集めて話したりもした。しかし、何かしっくりこない。変化もない。

今なら理由がわかる。本質では「もっと稼ぎたい。いい車に乗りたい。成功したい」と自分自身のことしか考えていない人間が、腹とは別の「社会に貢献する」や「社員は家族」といったカッコのよいことを言っても、スタッフに響くわけがなかった。

ある時、成功企業のコンサルティング部門に経営の仕組み導入を打診したこともある。そこで営業マンの人に言われた「おたくのように、整骨院2店舗では仕組みは必要ないのではないですか」と。それでも、食い下がって聞いてみると導入には3千万円掛かると言われた。それは無理だと大きく落胆していると、見かねたのか営業マンは「何が必要なのですか?」と聞いてきた。私はすかさず「経営理念と就業規則と評価制度が必要なんです」と訴えた。すると、後日、別のコンサルティング部門の方が来て、特別に400万円でお手伝いするという。私にとっては大きな金額だったが、思い切って頼んでみることにした。(高くはない。いくらお金があっても、この苦しさからは逃れられない。早く楽になりたい)という一心だった。

うちの担当になったコンサルタントの方は、私に6カ月間かけて会社のイロハを丁寧に教えてくださった。ほとんどは、経営の悩み相談のようなコンサルティングだったが、おかげで経営理念だけは立派なものができた。就業規則や人事評価制度については、大企業で使っている資料をもらった。その後、手塩にかけて作った経営理念を、毎朝皆で唱和するようになると、チームがまとまる確かな手ごたえを感じた。しかし、もらった資料に基づく人事制度をしばらく頑張って使ってみたが、どうも現場とはつじつまが合わない。結局、大企業の評価制度は、整骨院のような店舗型スモールビジネスには、そぐわないことがわかった。頑張った人に良い評価を与えても、業績(患者数)につながらないことが最大の難点だった。(いい評価をすれば、給与も上がり皆も喜ぶ。しかし、売上が上がらなければ店はつぶれてしまうではないか)と思った。

そのうち、まわりの繁盛店で成功している経営者を見てわかったことがある。成功しているスモールビジネスの経営者は仕組みなどなくても、本来兼ね備えた良い人間性と優しさ、独特のコミュニケーション力で人をうまい具合に束ねていたのだった。きちんとした評価や昇給がなくても、喜んで人が働いてくれている。でも、そんな芸当は私には無理だった。

店の作りなどはマネできても、経営者の人間性や価値観、日頃の言動まではマネできない。では、私のような凡人(それ以下かも知れないが)はどうすればいいのか。何の根拠もなかったが、世の中には必ず何らかの仕組みがあるはずだという確信はあった。

(そういえば、世の中にはたくさんの店をやっている会社もある。うちと同じように、必ずスタッフの離職や給与のことでもめているはずだ。どのように問題を解決しているのだろう。きっと仕組みをもっているに違いない)と思った。そうか!すべての問題は人の問題だ。人に関する仕組みが必要なんだ。

7年間、我流で経営してわかったことは、「働く人に関する仕組みは、経営者個人がいくら努力しても作ることはできない」ということだった。

気付いたはいいが、整骨院業界だけでなく周りを見渡してみても、人に関する仕組みを教えてくれるところは皆無だった。またしても途方に暮れた。そんな時に、日本マクドナルドの仕組みをゼロから作った林俊範先生に出会った。

ピープル・ビジネス・スクール 中園 徹